ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。
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10月30日(木) 松山北高校生360人が、
            「秋山校長時代の北予中・城山回廊探索」で生誕地へ

 愛媛県立松山北高等学校 (森岡宏校長 =前身は、私立北予中学校 )の 2 年生 360 人と 引率の先生 21 名が、晩年の秋山好 古校長先生宅であった秋山兄弟生誕地を訪ねました。

  それは、下の図のように、好古さんや同志たちが、故郷に遺した足跡を訪ねて回る校外学習の一環で、秋山校長が生家から歩いて皆勤した同じ道を辿りながら、9つのクラスが順に訪れ、松山北高の先輩・多賀秀夫 常盤同郷会理事の講演を道場で聴いたり、同校の元教諭山崎薫理事と先輩の大野紀子、森松隆子、荒井恵子各研究員から、銅像や生家の案内を受け、秋山好古の生きかたや生家復元の意義を学びました。

  ある男子生徒は、「秋山兄弟のような大人になれるように、誇りをもってがんばりたい」というメモを記していました。

スライド 1  ↓

スライド2

写真1                                写真2
  
秋山校長の時に建てられ、訓話のあった同じ旧講堂で、事前学習プレゼンテーションを聴く 2 年生( 10 月 23 日)


△秋山兄弟生誕地の武道場で、松山北高校の先輩・多賀秀夫理事から「生誕地を復元した意義」が話されました


△生誕地内では北高先輩の案内役(左から:森松隆子さん、大野紀子さん、荒井恵子さん)の説明を熱心に聴きました
 

10月30日(日)  元山下汽船社員の中川様が来場

 横浜から来られた中川武夫様は、元山下汽船に勤め、秋山真之の三男・故秋山中(ただし)とは職場が一緒でした。

 中川様は、山下汽船の船に乗って外国航路で働いていたので、 当時、山下汽船の外国航路部長だった秋山中とはよく知り合う仲でした。 中川様は、生誕地の説明ビデオに映る秋山中を、感慨深げにご覧になっていました。

 秋山部長の人柄を尋ねると、「決断の早さと実行力は、真之ゆずりと言われていた。」と懐かしそうに話されました。(取材:佐伯健理事)


△元山下汽船社員で、秋山眞之の三男・故秋山中(ただし)をよく知る中川武夫様(左)と、 外国航路時代の写真を見せていただく宇都宮良治常務理事(右)。


△中川様が乗船していた山下汽船。太平洋の荒波にもまれると船酔いで食事ができず、1週間「梅干し」しか食べられなかったそうです。


△パナマ運河を通行中の山下汽船(右)の珍しい写真。左の船が運河に入り、右の船が運河から出ていくところ。海水を上下させて船を通します。
 

10月28日(火) 常盤学舎だより
              ー秋季早朝野球リーグ戦で全勝優勝!-

  ついにやりました。
常盤学舎野球チームが、東久留米市早朝野球リーグ戦で全勝優勝。
常盤学舎始まって以来の快挙です。

  常盤学舎の第2期生でベースボール・ファンだった正岡子規も、 地下で「ほほう、おやりたのう。」と喜んでいるでしょう。

  寮生は早朝野球の当日は、朝早く起きて自転車で近くのグランドに行き、試合終了後、寮で朝ごはんをたべてから学校に行きます。

 朝食は、増田舎監夫人が作るカレーライスなどいろいろ。朝食も勝利の原動力です。


△早朝の寒さにも負けず元気を出す常盤学舎野球チーム

△怪我をしないようにウォーミングアップ


△「いいぞー!」とにぎやかな寮生たち
 

10月25日(土) 北海道大学教授のシートンさんが来館

  北海道大学国際本部留学センター教授・フィリップ・シートンさんは、 司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」と「竜馬がゆく」の現地を取材するため、高知と 松山を訪ねました。

  シートンさんは、日本に17年住んでおり、現代日本学が専門ですから、質問はシャープでした。

  「秋山兄弟生誕地は、どういう目的で復元したのですか。」  「司馬遼太郎は、なぜ秋山兄弟を書いたのですか。」

  それに対する答えは「青少年育英団体として、秋山兄弟の人間性を後世に伝えるために 生誕地を整備したかった。そのための募金活動を展開したが、全国1万人の方から1億円の募金を短期間でいただき、 復元することができた。青少年は入場無料とし研修の機会をもち、さらに柔道と合気道を教えている。」

  「司馬さんは、正岡子規を取材中に、秋山兄弟との関係を知り、3人をテーマにした明治の青春群像を描こうとした、と本人が言っている。」 と答えると、 「生誕地は、単なる観光地ではなく、教育の場所でもあるのですね。」と納得したようでした。

  彼は最後に、面白いことを言いました。 「坂の上の“雲”は、希望や憧れの象徴と小説ではとらえられているが、私たちは、“雲”は、やがて雨になり、天候が悪くなる前兆と考えます。」

  (そうか、司馬さんは、雲はやがて雨になる=“厳しい時代になる”=と予見し、小説の最後を「雨の坂」で締めくくったのか?)と思いましたが、その話は長くなるのでしませんでした。 (宇都宮良治常務理事)


△北海道大学教授・フィリップ・シートンさん(中央)。(左)宇都宮良治常務理事 (右)佐伯健理事
 

10月16日(木) 中国広東省より、秋山兄弟のファンが来館

  広東省で外資系企業にお勤めの、廖海波(ryouhybo、リョーハイボ)さんは、大の秋山兄弟ファンで、 2時間近く熱心に生誕地を見学されました(写真)。

  廖海波さんは、インターネットで「坂の上の雲」のドラマを見て、秋山兄弟の生き方とその時代の日本に、大変興味を持たれたそうです。

  最近、台湾で「坂の上の雲」がテレビ放映された影響で、台湾からのお客様が増えていますが、中国本土からのお客様は珍しく、 筆談を交えながら秋山兄弟の人柄を、懸命に説明しました。 (取材:佐伯健理事)


△眞之の胸像を見る廖海波(ryouhybo、リョーハイボ)さん


△廖海波さんに、生家の説明や展示資料を、筆談や身振り手真似で説明しました
 

10月20日(月) 乃木稀典大将記念館と陸上自衛隊善通寺駐屯地を見学
                ―秋山兄弟生誕地・研究員の研修旅行―

  秋山好古(陸軍少将=当時)は1905年2月、日露戦争における最大の激戦となった奉天(現・瀋陽)攻撃にさいし、騎兵旅団を率いて 大活躍しました。そのとき、乃木稀典大将(第三軍軍司令官)とともに戦ったので、二人の間には友情に近い感情があったと伝えられています。

  その乃木稀典が、初代の師団長をつとめたのが、旧陸軍第一師団で、現在の陸上自衛隊善通寺駐屯地です。 そのなかにある「乃木館」を訪問し、日露戦争当時の資料など多数見学しました。

  ついで、弘法大師四国遍路1200年の記念年になるので善通寺を参詣したり、近隣の観光地で楽しい一日を過ごしました。  ――楽しい一日でした。 (撮影:仙波満夫秋山兄弟生誕地研究員)


△乃木館の前で記念撮影


△善通寺駐屯地内に立つ記念碑
 

10月5日(日) 常盤学舎だより  
            秋のピクニック― 筑波研究学園都市で宇宙を実感―

  公益財団法人常盤同郷会(本部:松山市)が経営する愛媛出身の学生のための東京・学生寮「常盤学舎」の寮生が、秋季ピクニックで筑波研究学園都市(茨城県)を見学。

  台風18号で雨の中、専用バスで寮から同市の宇宙工学施設などを研修しました。

  寮生は、平素は訪問する機会の少ない場所だけに、1960年代に開発された世界有数の研究学園都市内の宇宙工学施設などを、興味深く研修しました。 (舎監・理事:増田忠彦)


△筑波研究学園都市の壮大な宇宙研究センター


△宇宙へ打ち上げる機材の模型を見上げ
「こんなに大きいのか」とびっくり

△宇宙服に入り宇宙人になった気分


△高エネルギー加速器研究機構で、
実際の規模の大きさを学ぶ
 

9月26日(金) 新田青雲中等教育学校の3年生48人が来館。
              ー新田家と秋山好古との交流を学ぶー

 新田青雲中等教育学校(永井博校長)の 3 年生男女48人が、郊外学習で県庁などを見学した後、 秋山兄弟生誕地を訪れました。

 同校は、内外汽船社長新田仲太郎―秋山好古の親友新田長次郎の甥―が創立した旧制新田中學の伝統を受け継ぐ 中高一貫校です。

 生誕地では約1時間半かけて、 「秋山兄弟」のビデオと常盤同郷会理事の「新田青雲と坂の上の雲」の話や生家の展示物を見学しました。

  生徒たちは、見学しながら案内者に質問を多くするなど、 大変真面目で積極的でした。

  ある男子生徒は、「新田仲太郎が、新田帯革製造所の創設者である叔父・新田長次郎に頼まれて北海道に渡り、皮なめしに必要な タンニンを作る十勝工場を苦労して完成させたが、その後工場長の地位に安住せず、独立して海運会社を創業したところがすごい。」 と感動していました。(取材 理事・山崎薫)


△道場で秋山兄弟のビデオをみる新田青雲中等教育学校 3 年生
 

△生家で、案内者の説明を聞く生徒さん。正面の扁額は眞之書「熟慮断行」-松山市立子規記念博物館所蔵より
 

10月3日(金) 勝山中学 1 年生 「ふるさと勝山めぐり」

 松山市立勝山中学校(越智眞次校長)が毎年実施している「ふるさと勝山めぐり」に、今年も 1 年生 74 名が、 5 人ずつ 14 班に分かれて来訪しました。

 各班ごとに、事前に準備し調べた巡回見学ノートを手に、子規博物館や坂の上の雲ミュージアムなどから秋山兄弟生誕地に来て、 説明を聴いた後は、好古や真之に関する展示や遺邸碑文について、熱心にメモを取りながら見学していました。(取材:理事山崎薫)


△生誕地で研修ノートにメモをとりながら、熱心に見学している勝山中学 1 年生のみなさん
 

10月7日(火) お神輿わっしょい!

  松山や 秋より高き天主閣ー子規

雲一つない快晴となった松山の秋祭り。夜明けの宮出しをした各地のお神輿が、 神主さんを先頭に市内を勇壮にねりあるきました。

  秋山兄弟生誕地へは、地元の歩行町などの子供神輿が3体と、小唐人町の大人神輿が来ていただき、 「よいさ!、よいさ!」の掛け声が響きました。

  子供たちには、秋山兄弟せんべいが配られ、兄弟の銅像の前で記念撮影をしました。



 



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