ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。
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3月27日(木) 桜と好古

   好古が桜を見ています。眞之にも語りかけているようです。 (撮影:3月27日 仙波満夫常盤同郷会理事)

  好古の母・貞は1905年(明治38年)6月19日、千葉県習志野の好古の官舎で没しました。 母の死を戦地で受けた好古は、風呂嫌いで有名でしたがこの日は入浴して身を清め、悲痛な面持ちで筆をとり 「母上は散られけり山桜」 と葉書に書いてしばし瞑想しました。宛先は真之夫人・季子でした。

  また、松山市の歌人で父久敬の友人であり眞之に和歌を教えた井手正雄に、 「わが母も散りにけり秋の菊。 眞之が働きしゆえ 号外を以て亡父のところへ参り候ならんと存じ侯。この葉書の面白みを知るものは大人(井手正雄) のみに候。」 、 懇意の竹田家にも「老母永眠につき」と題し、 「美しく散りにけり山桜」と句を寄せています。

  あまり手紙を書かなかった好古も、母堂死去の知らせには、思わず悲愁の念をあらわしました。(伝記「秋山好古」より)

 

3月18日(火)  眞之や子規の後輩――番町小学校生が来訪

  秋山眞之や正岡子規は明治8年前後に、勝山学校で共に学びましたが、それから140年後の今日、 その後身の番町小学校の3年生56人(2クラス)が、引率の先生と共に見学に来てくれました。

  児童らは、案内役の山崎薫理事に盛んに質問し、「生家にあるかまど等の道具の使い方」や「眞之や子規の小学生時代のこと」、 また、庭の木の実(キンカン)を見て「これは何ですか」など研究心が大変旺盛でした。

 可愛い後輩たちの姿に、「よう来た、よう来た。」と眞之像も喜んでいるようでした。

  案内の最後に山崎理事が、眞之がお父さん(久敬)から聴いた「桃太郎の話」をすると、みんな真剣な顔になって聞く姿が、とてもたのもしく思われました。


△研究熱心な番町小学校生は、北庭の木の実を見て「これは何の実かな?」


△江戸時代からある井戸や昭和12年に建立された記念碑をノートにメモをする生徒


△山崎理事が「眞之が父から聞いた“桃太郎の話”」をすると、元気よく手を挙げて盛んに質問しました
 

3月16日(日) 優雅な雰囲気  秋山眞之生誕146年祭(画像1)

  日露戦争の日本海海戦で、ロシアのバルティック艦隊を撃滅する作戦を作った軍人・秋山眞之は1868年3月20日、この地で生まれました。

  (公財) 常盤同郷会は秋山兄弟生誕地を本部地としているので、平成18年から毎年3月20日前後に眞之の生誕祭を開催しています。

  今日は9時30分から武道場で式典に続き煎茶会、琴演奏会が行われ、前庭では眞之がよく口にしていた煎ったそら豆を研究員が縫った伊予絣の袋に入れて販売し、好評でした。

  訪れた200人のお客様は、春のやわらかい日差しのもとで、茶会と琴の音が響く優雅な雰囲気にひたったり、煎ったそら豆を口にしながら眞之生誕祭を楽しんでおられました。


△式典、煎茶会、琴演奏会が開催された生誕地内武道場


△式典後に眞之像に献茶をする藤島寛昌(公財)常盤同郷会理事


△「桜幻想」の曲を眞之に献奏をする松沢呼春さん(砥部町立宮内小学校6年生)
 

3月16日(日) 秋山眞之生誕146年祭(画像2)

  生誕祭の式典には各界よりご来賓をお迎えし、煎茶会が始まると第一席にお座りいただきました。

 煎茶会は毎回、「伊予売茶流天山会のお家元と会員の皆様」、琴演奏は「正派大師範 琴・三弦 前谷雅貴社中」小中学生のみなさんに ご協賛いただいております。


△煎茶会第一席のご来賓(左から愛媛県知事代理愛媛県観光物産課主幹・江里寿樹様、愛媛県監査委員・岸新様、松山市長代理坂の上の雲まちづくり担当部長・片山雅央様、 眞之とゆかりの深い山下亀三郎の本家・吉田町山下重蔵様、(公財) 常盤同郷会 平松昇理事長   
                   お点前は、伊予売茶流天山会宗家・岩田天山宗匠様


△琴演奏と茶会が開催され、優雅な雰囲気に包まれる秋山眞之生誕146年祭の始まり。午後からも参会者が多く、会場がいっぱいになりました。


△眞之が作戦中でも口に入れていたという「煎ったそら豆」を手製の伊予絣の袋にいれて提供した秋山兄弟生誕地研究員。 お客様の前で「ひちりん」で「ほうろく」にそら豆を煎ったのが好評でした。 
                          左から荒井恵子さん、足立あけみさん。
 

3月11日(火) 69年ぶりに武道場に上がった元松山中学生の永木雅夫さん

  秋山兄弟生誕地内の武道場は1945年(昭和20年)4月、愛媛県立青少年修練道場として松山市内御幸寺山のふもとに建築されましたが同年7月、松山市内のほぼ全域が米軍の空襲で焼失したため、焼け残った道場は敗戦後、校舎や図書館として利用されました。

  当時、松山中学校(現在の松山東高校)の生徒だった永木雅夫さんも、道場で授業を受けました。

  道場はその後現在地に移築され1953年(昭和28年)、(財)常盤同郷会に払い下げられ現在、(公財)常盤同郷会本部地内武道場として 青少年を対象に柔道と合気道の稽古が行われています。

  永木さんは、夫人とともに東京から生誕地を訪れましたが武道場にご案内すると、「懐かしいですね。当時生徒は畳に座り、リンゴ箱などを集めて机にして勉強しました。

  松山中学は、市内の焼け残った建物に生徒を分散させて授業をしていましたが、学制改革で昭和23年3月に松山中学校を3年で卒業したことになり、新制の、 松山東高校に併設され昭和26年に同校を卒業しました。戦後の混乱期で教育設備は貧弱でしたが、思い出多い青春時代でした。」 と当時を振り返りました。


△「武道場の外観は当時の面影を残しています。」と永木雅夫さん(東京都在住)


△69年ぶりに松山中学校時代に勉強した武道場の柱などに触れた永木雅夫さん
 

3月7日(金)秋山好古と小野地区の人たちとのつながりを講演会で紹介
―― 講師=山崎薫・公益財団法人常盤同郷会理事 兼秋山兄弟生誕地運営委員――

  松山市の東南に位置し住宅が増加する小野地区で、小野公民館の主催で3月7日、山崎薫さんが約60人の聴衆に 「秋山好古校長に学びその魂を伝えた人々」と題して午後7時から2時間講演し、小野地区の人々と秋山好古をつなげる新しい史料を多数披露しました。

 講演資料によると、秋山好古が私立・北予中学校の校長時代に教頭として好古を支えた英語教師・重信市太郎は、現在の小野公民館長・重信昭雄氏の祖父であることや、好古校長時代に小野村(当時)から約50人が北予中学校に通学していたことなどが初めて分かりました。

  その人たちは、好古校長の人柄にについて多方面から語っており、とくに好古校長が生徒への訓示で 「自分はもう老体で何時死ぬるやらわからぬが、諸君は自分の屍を超えて勇猛邁進してもらいたい と話され、傍らで聴いていてホロリとさせられました。」 という重信教頭(前出)の談話が掲載された昭和5年11月6日発行の海南新聞夕刊の記事は、聴衆に多大な感銘を与えました。

  このほか、好古校長の言動に感化されて官界、実業界、教育界に進んだ著名な人物も紹介され、今まで公表されていない史実の発掘により、小野地区や松山の人々が、卒業後 まさに「好古の屍を超えて」生涯にわたって働き、郷土に貢献していたことも語られました。

  講演を聞いた地元の女性は「好古さんが急に身近になってきました。」と感想を述べていました。


△小野公民館の会場いっぱい詰めかけた小野地区の人々


△小野地区の個人が所蔵する好古の直筆を紹介しながら、好古の人生観を語る講師の山崎薫さん。
右から「堅忍持久(けんにんじきゅう= つらさに耐え、我慢強くもちこたえる )  好古書
 

3月4日(火) 双葉小学校6年生116人が見学

  松山市立双葉小学校(松山市土居田町)の6年生116人が午前中、16班に分かれて見学に来ていただきました。 各見学先は、クイズ形式で学習ポイントが示されており、秋山兄弟生誕地は次の2問でした(要約)。

  問1 眞之が書いた電文は、「  」晴朗なれども「  」高し。
  問2 好古は、「  」は小さいほうがよい。「  」は簡素にせよ、と言っていた。

  答は、兄弟銅像脇の説明板に書いてあるので、熱心に読んでいました。

案内役の武智チエ研究員は、「みんな朗らかで、楽しく説明できました。」と嬉しそうでした。


△眞之像の説明板を見ながら、クイズの答えを探しています。 今日は特別に、防衛庁が保存している電報の
コピー を銅像に貼りました。


△案内役の武智チエ研究員




△答えを見つけたあと眞之像にさわって
「成績がよくなりますように!」

△「来てよかったです。」と生家の前でピース!

 

3月1日(土) 高等学校で卒業式

  青少年育英を目的とする公益財団法人常盤同郷会は、毎年多くの 高校生の研修を受け入れていますが、その生徒たちが今日、立派に 卒業し大学や社会に巣立っていきました。

 中予地区の高等学校の卒業生には、学校長の推薦で「常盤同郷会賞」(別記3月1日号参照)が 各科1名に卒業式前後に贈られ、今年は23校の25人に贈呈されました。


△愛媛県立松山東高等学校の卒業式で祝辞を述べる村上慎吾同窓会会長( 常盤同郷会評議委員)
 

3月1日(土) 常盤同郷会賞を高校生25人に授与

  松山市を含む中予地区の高等学校23校から推薦された25人の生徒に、 公益財団法人 常盤同郷会から「常盤同郷会賞」が贈られました。

「常盤同郷会賞」は、学業優秀で社会奉仕活動に熱心であった生徒を学校長 から各科1名を推薦してもらい、毎年卒業生に授与しています。

 この賞は、昭和初期に 旧松山藩主久松家(常盤同郷会設立者)より贈られた「久松賞」の伝統をうけつぎ、戦後は「常盤同郷会賞」と名称を変更しています。  

 現在は、表彰状と副賞に授賞者氏名及び秋山兄弟の写真と言葉を金属板に彫り込んだ盾(写真=見本)を贈っています。
     
          「秋山兄弟の言葉」 
              兄・好古「天地無私」
                    天も地も皆平等。努力して自分を磨こう。
              弟・眞之「熟慮断行」
                    深く考えたうえで、思い切って実行しよう。 




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