ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。
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12月13日(日) 常盤学舎だより-大掃除と研修発表会

  東京男子学生寮「常盤学舎」では、寮生が年末の大掃除で汗をながしました。
そのあとは昼食会と研修発表会で、にぎやかな1日を過ごしました。(理事舎監・増田忠彦)  

  平成28年度寮生を募集中です。楽しい寮生活を常盤学舎でおくりましょう。
「秋山兄弟ホームページ」から申し込んでください。先着順で8名程度です。(本部)

△庭の大木の落ち葉を掃除。「なんぼ掃いても落ちて来るんよ」とぼやく声。


△大学院2年生が自炊用の「ミニキッチン」を掃除。


△大掃除のあとは、増田舎監夫妻提供の弁当で昼食会。


△ デザートは、庭で栽培されたヒメリンゴの砂糖煮。これが好評でした。


  △食事の後に寮生持ち回りの発表会。今回の講師は二神良輔君(駒沢大2年)。
演題は「ボクのバイト先」。テレビ画面に映しての熱演でした。

 

12月12日(土)  秋山真之像、海上自衛官を迎える

  父娘と4人のお仲間が案内をきちんと聴かれる様子に、もしやと尋ねると、海上自衛隊の方々でした。
愛媛出身の海上自衛官木原正裕さんが、休日を利用して愛娘真采(まこと)ちゃんを連れ、 同僚4名の「お接待」の一環として、兄弟の生誕地に案内してこられたのでした。

  そのうち3名は海上自衛隊の飛行機乗りであるとうかがいましたので、平成11年に入間川河川敷に墜落した航空自衛隊機の事故、 その際に殉職したパイロットは松山出身であることをお話ししましたところ、その事故の事については、自衛隊の中で学んでよく知っておられました。

  しかもその3名は、そのパイロット門屋義廣空佐が高校時代から志したのと同じ「航空学生」(山口県内2か所にある、 航空自衛隊と海上自衛隊のパイロット養成機関)の出身の方でした。

  門屋さんは、松山北高校―秋山好古陸軍大将が退役後6年間1930年まで校長を務めた北豫中学の後身―を、 1969年に卒業し、48歳の時、中川空佐と共に飛行訓練中の練習機のエンジントラブルによる緊急事態の際、 住宅地への墜落が避けられるまで脱出せずに操縦を続け、入間川河川敷で殉職されました。

  真之像の側での記念写真の時は、みなさんが、真之と同じように両手を重ねられたのが印象的でした。(取材:理事 山崎 薫)

△木原正裕氏と真采(まこと)ちゃん(3歳)父子(左端)と海上自衛官の仲間――秋山眞之中将像のそばで
 

12月13日(日) 新潟市民文化遺産に「秋山好古揮毫石碑」の認定書

  秋山好古が、新潟県高田市第13師団長のとき、現在の新潟市江南区沢梅地区から日露戦争に出征し戦死した方の忠魂碑が同地区日枝神社内に建立さるに当たり、 地元の要望で題字を揮毫しました(写真上)。それ以来今日まで石碑の前で毎年、盛大に慰霊祭が行われています。

  新潟市はこのたび「秋山好古揮毫石碑」を市民文化遺産と認定し、横越コミュニティ協議会(前会長は神田勝郎氏)に通知書を送付してきました(写真下)。 神田勝郎氏は先ごろ、秋山兄弟生誕地を訪問され、秋山好古と新潟県出身の優秀な部下とのかかわりを広く紹介されるなど、横越コミュニティ協議会の発展に尽くされました。

  秋山好古揮毫の石碑は全国で現在、50基が判明していますが、「市民文化遺産」に認定されたのは初めてで、新潟県の人々の戦死者を弔う暖かい心情が石碑を通じて伝わってきます。 (仙波満夫・秋山兄弟生誕地研究員兼秋山好古石碑調査員)

△秋山好古揮毫の忠魂碑。題字横には「陸軍中将秋山好古書」と刻まれている
(新潟市江南区沢梅2丁目・日枝神社内 建立1913年=大正2年7月)


△新潟市より横越コミュニティ協議会に届いた市民文化遺産認定書
 

12月7日(月) 生誕地 一年の感謝をこめて大掃除

  もう12月。今年のご来館を感謝し、新年を迎えるために生誕地スタッフ全員で大掃除をしました。 その様子をご覧ください。来年のお越しをお待ちしています。













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