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4月28日(火) 好古の部下で日清戦争で戦死した先祖を思い
          添田吉則・敬子ご夫妻が論文を発表

  添田吉則・敬子夫妻(神奈川県平塚市)は「日清戦争における戦没兵士遺族の行動と心情」と題した論文を発表。 その内容が平成27年3月、平塚市博物館研究報告『自然と文化』に掲載され、反響をよんでいます。

  論文は、神奈川県平塚市広川より日清戦争に出征し、秋山好古騎兵少佐の騎兵隊に属し、斥候に出て戦死した「騎兵一等卒」添田賢次郎の生涯を克明に記述し、 息子を失った両親の悲しみや、同郷の戦死者の家族とその行動などを史料を丹念に集めて記述しています。

  添田賢次郎の父添田保吉は、息子を偲んで石碑をたてようと決意し、秋山好古に依頼したところ好古は、自ら筆をとり部下の戦死を悼む碑文に漢詩を添えて 父に贈呈しました。その石碑は添田家近所の広川神社境内に建立されましたが、当時は戦死者がたくさん出て、軍隊もその対応に追われるなか、一兵卒の戦死をこれほど丁重に遇した例は珍しいと評判になりました。

  平成24年4月14日、添田家の当主吉則氏の夫人・添田敬子さんが秋山兄弟生誕地を訪問され、その石碑の拓本を寄贈していただきました。 その拓本と好古揮毫の碑文の解釈などは現在、秋山兄弟生家に飾られています。

  なお、好古は日清戦争で戦死した部下の氏名を刻んだ忠魂碑を、東京都世田谷区池尻「騎兵第一連帯跡地」に自費で建てましたが、 その裏面に添田賢次郎の名前もあり、仙波満夫が添田家にその旨を伝えています。

  農業の跡取り息子と期待し、俳句をこよなく愛した長男を失った親の悲しみ。 その兵士を斥候に出して戦死させたことを深く悼む好古の気持ち。 それを同郷の出征兵士の悲劇と共に後世に伝えようとした子孫の方の努力。

 論文を読むうちに、それぞれの思いが交錯して胸をうちます。

(写真と文:秋山兄弟生誕地好古揮毫石碑調査員 仙波満夫)


△日清戦争で戦死した添田賢次郎を悼む好古揮毫の石碑の拓本を持参された子孫の添田敬子夫人
(写真右=平成24年4月14日秋山兄弟生誕地の武道場で撮影)


  △添田賢次郎の戦死を悼む石碑(平塚市広川 八幡神社境内)と添田家の皆様(前列右は仙波満夫)


△秋山好古が自費で建てた日清戦争で戦死した部下を悼む自筆の石碑(東京都世田谷区=撮影 仙波満夫)
 

4月12日(日) 常盤学舎の新入生が初会合

  平成27年度常盤学舎の新入寮生は12人。 入寮前後の忙しさも終わった最初の日曜日、 春の日差しをいっぱいに浴びた寮の庭で新入寮生の顔あわせをしました。

  1人が都合で欠席しましたが、11時から14時ころまで、 カレーパーティを開き、卓球やバスケットに興じて、 和やかに寮生活をスタートしました。


△寮の庭で新入寮生のカレーパーティ(アルコールなし!)


△庭でバスケット


△シュート(入ったか?)


△1階ロビーで卓球大会
 

春とともに常盤学舎に新入寮生が到着

  常磐学舎では毎年春、就職で退寮する学生と新入寮生が入れ替わる 最も忙しい日が続きます。
出す荷物、入る荷物と部屋の改修工事が一度に交錯し、舎監(増田忠彦理事)は 目が回る忙しさでした。


△ 就職で退寮する寮生の荷物


△ 到着した新入寮生の荷物で玄関は一杯


△ 新装なった自室で家具を組み立てる新入寮生


△「見晴しがいいな」と屋上でちょっと休憩



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