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9月22日(火) 好古署名の賞状が2 枚 見つかる。
             ―乗松武さんが父の形見を生誕地へ寄託

  乗松武さん(松山市別府町 78歳)が22日、父の乗松正信さんが北予中学校に在学中、秋山好古校長にもらった賞状2枚を生誕地へ持参されました。

  父・正信さんは北予中学校卒業後、三津浜郵便局長代理のとき松山22連隊に応召され、通信兵として沖縄で日本軍の軍司令部で情報活動中、昭和20年 6月20日戦死。37歳でした。武さんは、父がいた九州の航空部隊に母らと面会に行きましたが、衛門で別れたのが最後となりました。

  戦死を知らせる広報とともに届けられた白木の箱を開けると 、石ころ と「乗松正信」と書いた紙が1枚入っているだけでした。 戦後、母の「あずま」さんは懸命に働き5人の子供を育てましたが、今は姉の美代子さんと武さんが健在です。
 
  武さんは「家の近くが吉田浜の海軍航空隊飛行場だったので終戦後、アメリカ兵が松山に進駐するまでの僅かな期間に、 飛行場に放置された戦闘機「紫電改」や「ゼロ戦」の座席に入り込んで操縦桿を握って遊んだ。その戦闘機もアメリカ兵がガソリンをかけて、全部焼いたが、 1週間ほど燃えていた。」と敗戦後の状況を詳しく語ったあと、「父も若死にして無念だっただろうが、秋山好古さんにもらった賞状が生誕地に陳列されれば、喜ぶのではと思い持ってきた。」と述べました。                                      (取材と写真=常務理事宇都宮良治)


△秋山好古校長から父・乗松正信さんがもらった賞状2枚。好古が亡くなる前年に発行された。


△沖縄で戦死した父の遺品である賞状を持参し、好古騎馬像前で記念撮影をした乗松武(のりまつ・たけし)さん。
 

9月3日(木) 秋山真之像のスケッチと便りが届く――東京の佐藤凛生君より

 夏休み中、全国から大勢の小中高生が家族と一緒に 秋山兄弟生誕地に来訪されました。

そのなかで 8 月 27 日、東京都八王子市からお母様と見学に来た小学校 6 年・佐藤凛生君より9月3日、秋山真之像のスケッチに添えて手紙が届きました。

 凛生君は、剣道で心と身体を鍛えていますが、真之が大好きとのこと。 案内した森松隆子研究員の説明を熱心に聴いた後、 スケッチ帳に真之像を時間をかけて描きました。そのそばで お母様は、凛生君が描き終わるまで微笑みながら待っていました。

スタッフ一同は「絵がとても上手。手紙も嬉しいね。」と大喜びで回覧しました。、

(この画像は、本人と家族のご諒解を得て掲載しました。)            (取材:理事 山崎薫)


△佐藤凛生君が描いた秋山眞之像のスケッチ(8月27日 秋山兄弟生誕地で)


△眞之と語り合うかのよう眞之像を描いている凛生君


△凛生君(左)と、案内役の森松隆子研究員


△凛生君から贈られた手紙(9月3日着)



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