ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。

 

7月25日(水)  入社1年目の青年、初の休暇で来訪

 この春東京で就職し、この夏初の休暇で来松した青年は、空港から真直ぐに秋山兄弟生誕地を訪ねてこられました。会社はアジアの発展途上国で雑貨・衣服を造るメーカー。その国でもともと優秀な技術を持つ人々に相応しい賃金を支払ってその産業振興に寄与し、その国から世界に発信する産業を育てようという会社です、と、関口真史さんは語ってくれました。
  彼は埼玉県羽生市立中学の3年の時、『坂の上の雲』を読み、その頃クラスで配られたフィリピンへの羽生市少年訪問団の募集プリントを読んで応募。その1週間の「日本とまるで違う」異文化体験が関心の始まりだったそうです。
  高校ではオーストラリアを訪問、そしてヘボン塾に起源をもつ明治学院大国際学部で学んだことが大きく、その就活中に、今の会社の理念に惹かれて志望したそうです。

  以上、真之さんの像のそばで、青年と当熟年スタッフがそれぞれ今ここに至る近代史上のさまざまの出会いを、ゆっくりと語り合えたこと、好古さんも真之さんも海外での体験から多くの事を学んだことや、今後の日本とアジアを思いながら要約させていただきました。


秋山真之さんと関口真史さん
 

7月14日(土)  静岡から愛車で

 生家前に現れた2台の単車、「ここに置いていいですよ」と御案内した〈浜松ナンバー〉の主は、山本哲也さん(写真左)と藤井政芳さん(右)。四国でのバイク仲間の催しを前に、昨日静岡を出て松山に着、泊った朝いちばんの御来訪でした。

 


  ひととおりご覧になった後、山本さんが、生家横に掲示中の「秋山好古揮毫石碑写真展」(仙波満夫研究員調査:全国 52 か所)の中の、静岡の碑(写真上)に注目されました。そこから静岡の祖先のことへと話がふくらみました。

 工学を学んでいた藤井さんの祖父は、日露戦の時、兵站(へいたん)――作戦部隊に必要な人員・兵器・食糧を後方から計画的に輸送――を指揮する任を務めたこと、そのことを、日中戦争従軍の事には寡黙であった父から後に聞いた事、そして今本人は、会社経営で運送部長の任にあり、「運ぶ」仕事をしている不思議、そんな祖父との縁を語って下さいました。

 

7月6日(金)  常盤学舎 7月の寮生講演は?

今月の寮生会での講演、その1は 鈴木悠立君(白シャツの講師・哲学専攻 2 年)…演題は 「この私がいなくなっても、この世界は続くか」でした。

 講演その2は(写真中) 青戸元君(青シャツの講師・醸造学専攻 1 年)…演題は 「発酵食品 いろいろ」 でした。 いつもの1階ロビーで午後8時からの会なので、夜食にカレー。食後には「お中元」で頂戴したスイート(写真右)を楽しみました。(色々の中から何を取るかは、クジ引き)

  ○翌 6/7 (土曜・昼)には、愛媛県東京事務所の職員が来寮、「学生サポートセンター」事業、県知事との懇談会開催などについて、寮生たちと話し合いました。

 
  
 

7月2日(月)  秋山兄弟生誕地研究員等、江田島へ

 明治 21 年、海軍兵学校が築地から江田島に移り、秋山眞之もここに来た。その跡にある海上自衛隊第一術科学校の現校長は、松山出身の中畑康樹海将補。先般 3 月、当生誕地での眞之生誕 150 周年祭の節に「 伝統の継承~秋山眞之の功績と海上自衛隊」と題する記念 講演に来てくださいました。そこで今年の研修旅行は、まさにそのテーマの現地見学と表敬訪問を兼ね、当生誕地から島を訪れました。


左 江田島 :聳える古鷹山(標高 394 m)は裾野の海軍兵学校以来、今も術科学校生が何度も登っているという。右 呉 眞之帰省のときの航路も。


大講堂にて   真中左 中畑康樹第一術科学校校長 右 加藤雅已副校長

 松山からの訪問団は 26 名で、秋山兄弟生誕地で普段ご案内する研究員等常盤同郷会(現理事長他)のメンバーと共に、今回は松山子規会(烏谷照雄会長他)の 7 名の方も、眞之と子規のように仲良く訪ねました。
  兵学校卒業直後、軍艦比叡で遭難トルコ兵を送ったコンスタンチノープルから、常盤会寄宿舎の子規にあてて『…世界は広くして余程狭く御座候』と送った賀状(今当生誕地展示中)の言葉も思い出されました。

 

  (左)担当自衛官は訪問者に向く軽快な後ろ歩きで、構内の伝統や現在の事を明解に語って下さいました。
  (右)いちばんの目的「教育参考館」前にて。

 館内では、江戸後期の「海国兵談」から第二次大戦で戦死した海軍兵士の手紙まで、先輩たちが国を守ろうとして遺されたことを学べるように展示され、そのご案内を受けました。中には日露戦後の将兵に求めた墨跡もありました。好古は別れゆく兵士たちにおくった歌の一節『自労自活は天の道 卑しむべきは無為徒食…』、この言葉を、あらためて書き遺していました。この同じ時弟眞之が遺したのは、元気な鯉の墨絵でした。

 

7月1日(日) 大学生、ヒッチハイクで来訪


 平成 30 年夏の朝 7 月、まだ開門前の最初の来客は、大学 2 年生中村拓人さんでした。なんと青年は国際基督教大が夏休みに入った初日の東京から、ヒッチハイクで到着。

 今どき、どうやってと聞けば、最初は高速のインターで、「静岡」と大書した冊子に止まってくれた乗用車の人を皮切りに、サービスエリア等で乗り継がせてもらうこと 10 台、直近は高松インターで「丸亀」の札にハンドルを寄せてくれた人が松山までの人で、昨夕道後の湯につかって一泊。そして今朝、城山へと大街道を通っている時、ふと「→秋山兄弟生誕地」の標示が目に入り、かねて『坂の上の雲』を読んでいた青年は、右に曲がって訪れたのでした。

  60 代の案内者は、青年やその日本の運転手さんたちの意気に感じて、自分も止まってあげた運転手の心もちになって互いに一会の交流を得、今日中にはしまなみ口の今治へ出るという青年を見送りました。

 

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