ご来館の皆様の中から、ご了解を頂いた方を順次掲載しています。

 

8月24日(金)  道場に響く ドイツの合唱団と合気道

 ドイツ フライブルク大聖堂少年合唱団(指揮ボーリス・ベーマン学長)御一行 70 名が、常盤同郷会道場に合気道の体験に来られました。
  少年合唱団とはいえ、 40 人のローティーンと、 16 歳から 33 歳の男性 20 余人から成り、毎日曜日、フライブルク市のシンボル、大聖堂で歌う合唱団です。今回、松山市との姉妹都市提携 30 周年を記念に来松。晩には、松山市の合唱団と交流演奏会をする日の午前、なぜ合気道を体験に?


鈴木茂師範とフライブルク合唱団員の合気道
 

 きっかけは昨年、同合唱団の声楽講師 智子・シューマッハさんが、秋山兄弟生誕地に来られた折、兄弟の精神を継ぐ隣接道場で合気道があると知った事でした。「日本の伝統を根底に持つ合気道の呼吸法は、合掌にも通じる…」と、今回の来日計画の際、合唱団全員で体験をと、担当の松山市観光・国際交流課に希望され、当道場が歓んでお迎えいたしました。

  当日は、合唱団の半数 30 余人ずつ、道場に上がって合気道を体験。鈴木茂師範―海外にも指導―から、「自分の体の力を抜くのです」合唱にも通じますかと説明を受け、常盤同郷会合気道部の 10 人と共に、組手などの稽古をしました。

  その間、交互に半数ずつ、秋山兄弟の生家をご案内しました。

 

秋山兄弟の事を聴くドイツの青少年たち(国際交流センターの斡旋でドイツ語で八塚さん、英語で鈴本さんが案内)
 

記念写真撮影後、道場に響くフライブルク大聖堂少年合唱団の歌声
 

 それは思いがけない事でした。すべてが終わった別れぎわ、(写真上)左端の指揮者ベーマンさんのリードで、ドイツ語の合唱曲が勢いよく始まりました。やがて静かに日本語の『桜』、「…イザヤ ミニユカン」。そして 3 曲目『 Der fröhliche Wanderer ♪』は日本でも『ゆかいに歩けば』と訳詞されている歌。原曲のドイツ語に次ぐ2番は日本語で「ミドリノ コカゲ  ヒルネヲスリャ♪…」、そのラストは「ヴァルデリー(バルデリー) ヴァルデラー!」 - かとよく聞けば(英米日と違って)、「ファーレリー♪  falera, faleri, Falera ha ha ha ha ha ha 、 Faleri !」 と原詩が道場に響き渡りました。戦後ドイツから、イギリス、アメリカ、日本へと渡ってきた曲でした。

  今回かの国のお客様を迎え、あらためて、近代化の為に西洋文明を吸収していた明治時代、秋山好古もドイツ人メッケル少佐に陸軍大学で学んだ事などが思い出され、同じ 1880 年代に、北里柴三郎や伊藤博文、伊沢修二(音楽教育)や伊予鉄経営陣(「坊っちゃん列車」)などの日独交流史も、合唱団の方と語り合うことができました。

  そして第 2 次大戦の空襲をのがれ得て、秋山兄弟生誕の地に移築されてきた この道場 で、今日、ドイツの合唱団員と日本の合気道部員が組手を交えた姿、そして共にワンダラーになった合唱には、両国の新たな交流を眼の当たりにしたように心を震わされました。今年 3 月、生誕 150 年を迎えた秋山眞之、来年 1 月 7 日に生誕 160 年を迎える好古―自立しながらも終生外国に学び交際を大切にしようとした兄弟―への、なによりの届け物でした。ありがとうございました( Danke schön! )。 (当会理事長の挨拶より)

 

8月18日(土) 常盤学舎松山OB会の涼風

 創設130年を迎える常盤学舎へ、愛媛県内から東京進学の際に入寮した先輩たち。今年松山OB会に集まったのは、昭和37年入寮(宇都宮武美会長)から平成24年入寮の20名の「青年たち」でした。

丁度帰省中の平成最後の新入寮生青戸君と常盤同郷会山崎新理事長を交え、総会議事後の宴では、全22名一人一人の近況談、これがまた色とりどりに花も落葉もある話。 50 余年の歳の差、それぞれの人生を垣間見せる涼風に揺られ続け、大いに励まされ合った真夏の一夜でした。
 

新入寮生青戸君(東京農大・写真右)の名スピーチに、釣りのチョーさんこと長島幸雄さん(昭和38年入寮・写真前)
からもエール

 

8月14日(火)  奈良からお盆休みに

 今年のお盆もいかにもというご家族連れが大勢来訪されました。この日お迎えした母娘3人は、奈良からお越しで、娘さんが笑顔で言われるには、明日は高松の「おばあちゃん」ところだとのことでした。


小河(おごう)さん御一家 :お父さんが猛暑の城山に登っている間に、母娘が先に来訪
右から専門学校 1 年の美紀さん お母さんの佳代子さん 中 2 の歩実 さん
 

 ゆっくりと兄弟の部屋などをご覧になって帰り際、いちばん印象に残ったことは、裏庭で聞いたこと、と応えてくれました。

 生家の裏庭、産湯の井戸のそばには、好古さんが晩年も好んで食べたイチジクがあります。空襲で生家とともに燃えましたが、伝承を基に植えられ、今実がなっています。(写真右下)

 ご家族が住む奈良と言えば、子規さんが「柿食えば…」と詠んだところ。明治 28 年、日清戦争従軍記者帰りに重症となった子規は、神戸で療養後東京に帰る前に、松山の漱石の愚陀仏庵で 50 余日過ごした後、また、なぜ敢えて奈良を旅したのか。…そんな事が話題になりました。

 今、奈良東大寺の西、子規がその 10 月に泊った老舗旅館跡の御所柿のまわりは、樹木医の正岡明さん(昨年 9 月 生誕地に御来訪のニュース参照) の造園で「子規の庭」(写真左下)になっています。

                         ここかしこ皆ともどもの供養かな

 

子規が好んだ柿 ― ゆかりの東大寺近くの「子規の庭」
(平成27年4月当取材者撮影)

好古が好んだイチジク ー 秋山兄弟生誕地の庭

 

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